「プレメディ打って、導入して、セボ流して」——現場でこんな言葉を聞いたとき、それぞれの意味をきちんと理解できていますか?
麻酔の手順を覚えることと、流れを理解することは別物です。流れが分かると、次に何が起きるかを予測できるようになり、準備や異常への気づきが格段に変わります。
この記事では、犬猫の麻酔プロトコルの全体像——前投薬・導入・維持のそれぞれのステップで何をしているのか、なぜその順番なのかを、愛玩動物病院専門の当サイトが詳しく解説していきます。
麻酔プロトコルとは何か——なぜ「手順」が必要なのか
麻酔プロトコルとは、「この動物に、どの薬を、どの順番で、どの量使うか」を事前に計画した手順書のことです。
麻酔は複数の薬を組み合わせるバランス麻酔が基本です。それぞれの薬には役割があり、投与するタイミングや順番が異なります。行き当たりばったりに薬を使うのではなく、事前に計画を立てることで安全性と再現性が確保されます。
プロトコルはなぜ動物ごとに変わるのか
前回の記事でも解説したASA-PS分類(麻酔リスクの評価)の結果が、そのままプロトコルの選択に反映されます。
例えば、若くて健康な犬(ASA I)と、心疾患を持つ高齢猫(ASA III)では、使う薬の種類も量も全く異なります。動物看護師として「今日の麻酔はなぜこの薬を使うのか」を理解するためには、プロトコルの流れを知っておくことが欠かせません。
麻酔プロトコルの全体像——3つのステップ
犬猫の麻酔は大きく次の3つのステップで構成されます。
- ステップ1:前投薬(プレメディケーション)
- ステップ2:麻酔導入
- ステップ3:麻酔維持
それぞれのステップに目的があり、前のステップの薬が効いている状態で次のステップに移ることで、安全に麻酔を深めていくことができます。
『全体の流れのイメージ』 前投薬で不安を取り除きリラックスさせる → 導入薬で意識を消失させる → 吸入麻酔薬で意識消失を維持する。この順番には、動物の負担を最小限にしながら安全に麻酔をかけるための理由があります。
ステップ1:前投薬(プレメディケーション)
前投薬とは、麻酔導入の前に行う薬剤投与のことです。麻酔の土台を整えるための準備段階と考えてください。
前投薬の目的
- 不安・恐怖・ストレスを和らげる(鎮静・抗不安)
- 術前から鎮痛薬を投与しておく(先取り鎮痛)
- 導入薬・吸入麻酔薬の必要量を減らす(スペアリング効果)
- 自律神経の過剰反応(嘔吐・徐脈・分泌物増加)を抑える
スペアリング効果とは、前投薬でリラックスした状態を作っておくことで、後から使う麻酔薬の量を少なく抑えられることです。使う薬が少ないほど副作用のリスクが下がるため、前投薬は安全な麻酔の重要な土台になります。
前投薬でよく使われる薬剤
鎮静薬・抗不安薬
- α2作動薬(メデトミジン・デクスメデトミジン):鎮静・鎮痛・筋弛緩の3つの効果を持つ
- フェノチアジン系(アセプロマジン):鎮静・抗不安作用。血圧低下に注意
- ベンゾジアゼピン系(ミダゾラム・ジアゼパム):筋弛緩・抗不安作用。他の薬との併用が多い
鎮痛薬(オピオイド)
- ブトルファノール:軽〜中等度の鎮痛。鎮静増強効果もある
- モルヒネ・フェンタニル・ハイドロモルフォン:強い鎮痛が必要な場合
- ブプレノルフィン:中等度の鎮痛。作用時間が長い
抗コリン薬
- アトロピン:即効性がある。徐脈・分泌物増加を防ぐ
- グリコピロレート:アトロピンより副作用が少ないとされる
前投薬後の観察ポイント
前投薬を投与したら、薬が効いてくるまでの20〜30分間の観察が重要です。
- 鎮静がしっかり効いているか(立てているか、ふらついているか)
- 嘔吐・流涎(よだれ)の有無
- 心拍数・呼吸数の変化
- 粘膜色とCRT(毛細血管再充満時間)
例えば、α2作動薬を投与した後に徐脈が見られることがあります。これは薬の作用として起こりうる変化ですが、度を超えた徐脈は問題になるため、数値の変化を継続して確認することが大切です。
ステップ2:麻酔導入
麻酔導入とは、動物の意識を完全に消失させ、気管挿管ができる状態にするステップです。前投薬で落ち着いた状態の動物に、導入薬を投与して素早く意識をなくします。
導入薬の種類
プロポフォール
- 現在の小動物臨床で最もよく使われる静脈麻酔薬
- 作用発現が速く、覚醒も速やかで質が良い
- 血圧低下・呼吸抑制が起こりやすいため、ゆっくり投与することが基本
アルファキサロン
- 猫や小型犬で多く使用される
- プロポフォールより血圧への影響が少ない
- 猫はプロポフォールへの感受性が高いため、猫での使用が特に多い
ケタミン
- 解離性麻酔薬。心拍数・血圧を上げる傾向がある
- 単独使用では筋緊張が強く残るため、通常はジアゼパムやミダゾラムと組み合わせる
- 猫ではIM(筋肉内)投与での導入にも使われる
気管挿管——導入直後に行うこと
導入薬で意識が消失したら、速やかに気管チューブを挿管します。気管挿管の目的は次のとおりです。
- 気道を確保し、酸素と吸入麻酔薬を確実に供給する
- 胃の内容物の誤嚥(ごえん)を防ぐ
- 必要に応じて人工呼吸を行えるようにする
導入時に動物看護師が準備すること
- 適切なサイズの気管チューブ(複数サイズを手元に)
- スタイレット・喉頭鏡(こうとうきょう)
- カフ用シリンジ
- 麻酔回路のセットアップとリーク確認
- 緊急薬(アトロピン・エピネフリン)の準備
ステップ3:麻酔維持
麻酔維持とは、手術中を通じて適切な麻酔深度を保ち続けるステップです。動物看護師によるモニタリングが最も重要な時間帯でもあります。
セボフルランによる吸入麻酔
現在の小動物臨床では、麻酔維持に「吸入麻酔薬」——特にセボフルランが中心的に使われています。
- 吸入・排出が速やかで、麻酔深度の調節がしやすい
- 覚醒が速く、質が良い
- 心臓への影響が比較的少ない
麻酔深度の評価——何を見て判断するか
麻酔が浅すぎるサイン
- 体動(手術中に体が動く)
- 心拍数・血圧の上昇
- 眼球が正位(まっすぐ前向き)に戻る
- 嚥下反射・咳反射の出現
麻酔が深すぎるサイン
- 心拍数・血圧の著しい低下
- 呼吸数の低下・無呼吸
- 粘膜色の悪化(蒼白・チアノーゼ)
- 角膜反射(かくまくはんしゃ)の消失
CRI(持続定速注入)による追加鎮痛
長時間・高侵襲の手術では、吸入麻酔薬に加えてCRI(Constant Rate Infusion:持続定速注入)で鎮痛薬を追加投与することがあります。フェンタニル・リドカイン・ケタミンなどがシリンジポンプで持続投与されます。
動物看護師としては、シリンジポンプの設定値・残量・投与速度を定期的に確認することが求められます。
覚醒期——麻酔終了後も気が抜けない
吸入麻酔薬を止めてから完全に覚醒するまでの「覚醒期」も、重要な管理が必要です。
- 低体温:麻酔中に体温が下がるため、加温を継続する
- 気道閉塞:自発呼吸が安定するまで気管チューブを抜かない
- 嘔吐・誤嚥:嚥下反射が戻るまで注意が必要
- 興奮期(ディスホリア):覚醒過程で暴れることがある
特に短頭種(フレンチブルドッグ・パグなど)は覚醒後の気道閉塞リスクが高いため、自力で頭を上げられるまで観察を続けましょう。
まとめ
- 麻酔プロトコルとは「どの薬を、どの順番で、どの量使うか」の計画のこと
- 前投薬は麻酔の土台を作るステップ。鎮静・先取り鎮痛・スペアリング効果が目的
- 麻酔導入は意識を消失させ気管挿管できる状態にするステップ
- 麻酔維持はセボフルランなどの吸入麻酔薬で手術中の麻酔深度を保つステップ
- 麻酔深度は体動・心拍数・血圧・眼球位置・反射を組み合わせて評価する
- 覚醒期も低体温・気道閉塞・嘔吐・興奮期など多くのリスクがあり観察を継続する
次の記事では、維持に欠かせない吸入麻酔薬「セボフルラン」の特徴と使い方について詳しく解説します。なぜセボフルランが選ばれるのか、他の吸入麻酔薬との違いも含めて理解を深めていきましょう。
参考資料 佐野忠士(2010)『動物看護師のための麻酔超入門』インターズー 獣医臨床麻酔学 学窓社 Grimm KA et al.(2015)Veterinary Anesthesia and Analgesia, 5th ed. Wiley-Blackwell


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